大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成元年(ワ)14134号 判決

原告 株式会社第一勧銀ハウジング・センター

右代表者代表取締役 後藤寛

右訴訟代理人弁護士 尾崎昭夫

同 川上泰三

同 額田洋一

右訴訟復代理人弁護士 新保義隆

被告 大隅尚雄

同 塚田真

右被告両名訴訟代理人弁護士 森本紘章

被告両名補助参加人 小郷建設株式会社

右代表者代表取締役 小郷利夫

被告両名補助参加人 株式会社東京企画

右代表者代表取締役 小郷栄子

右補助参加人両名訴訟代理人弁護士 小山春樹

同 渡辺実

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、各自金一七六七万六〇五四円及び内金一七五〇万円に対する昭和五九年八月八日から完済まで年一四パーセントの割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、被告大隅尚雄(以下、「被告大隅」という。)に対し、昭和五九年六月二九日、金一七五〇万円を左記約定で貸し、右金員を第一勧業信用組合目白支店の被告大隅名義の口座に振込送金して交付した(以下「本件貸付」という)。

最終弁済期 昭和八四年七月七日

利率 月〇・七六五パーセント

返済方法 昭和五九年八月以降毎月七日限り、元利均等返済方式にて、元利金一四万九〇二二円宛支払う。

期限の利益の喪失 元利金の弁済を一回でも怠ったときは、本件貸付金全額について当然に期限の利益を失う。

損害金 年一四パーセント

2  被告塚田真は、同日被告大隅の前項債務を連帯保証した。

3  被告大隅は、昭和五九年八月七日の第一回の弁済期に元利金の弁済をしなかったので、同人は、同日の経過をもって期限の利益を喪失した。

4  よって、原告は、被告らに対し、左記の金員の支払を求める。

元金 金一七五〇万円

利息 金一七万六〇五四円

但し、右元金に対する昭和五九年六月二九日から同年八月七日まで月利〇・七六五パーセント(年九・一八パーセント)の割合による金員。

損害金 元金に対する昭和五九年八月八日から完済に至るまで年一四パーセントの割合による遅延損害金。

二  請求原因に対する認否及び被告らの主張

1  請求原因に対する認否

すべて否認する。

2  被告らの主張

原告は、昭和五七年一二月頃から訴外株式会社都市開発(以下「都市開発」という。)の仲介、販売する不動産の購入者に対しローン融資取引をなしていた。本件貸付と称するものは、右ローン取引に基づき、都市開発が原告に持ち込んだ融資案件についてのものである。

昭和五八年七月頃から、都市開発は顧客に対するローン貸付金を売買代金として受領せず、自己の営業資金として流用するようになり、原告はこの「流用」を了解した。

その後、右の流用は、原告の従業員である訴外伊藤九州男の指示の下になされるようになった。

本件貸付金も、右伊藤がそれまでの流用分決済に充てる意図で、払戻し請求書を預かり支配していた。

よって、本件貸付金は、被告大隅に交付されていないことから、金銭消費貸借の要物性を満たさず、契約は不成立である。

三  抗弁

1  消滅時効

(一) 原告は、住宅ローン貸付を業とする株式会社である。

(二) 被告大隅は、昭和五九年八月七日に第一回の弁済を怠ったことにより、本件貸付金全額について期限の利益を喪失したところ、昭和五九年八月八日から起算して五年間が経過した。

(三) 被告大隅は、平成二年一月二四日の本件第二回口頭弁論期日において、右時効を援用する旨の意思表示をした。

(四) よって、本件債務は時効消滅した。

2  相殺

(一) 被告大隅は、都市開発から代金二二〇〇万円で不動産を購入する旨約し、その代金支払のため原告から本件貸付金を借り受けた。

(二) 伊藤は、被告大隅に対する本件貸付金を流用する意図の下に、同人の払戻し請求書を預かった。

その際、伊藤は、原告の被告大隅に対する抵当権設定登記関係書類が整ったときに、被告大隅に対する都市開発の所有権移転登記と同時に売買代金の弁済として本件貸付金を都市開発に支払う旨約した。

(三) 原告は、所有権移転登記がされないまま、都市開発に対して本件貸付金を交付した。

被告大隅は、これにより、右売買代金相当額二二〇〇万円の損害を被った。

(四) 被告大隅は、原告に対し、平成二年一月二四日の本件第二回口頭弁論期日において、被告大隅の原告に対する右貸金流用の不法行為に基づく損害賠償請求権と、原告の本訴債権をその対等額で相殺する旨の意思表示をした。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁に対する認否

(一) 抗弁1について

争う。

(二) 抗弁2について

否認ないし争う。

五  再抗弁(抗弁1に対して 時効中断事由)

1  催告

(一) 都市開発と原告は、昭和五九年六月二九日前に、都市開発が、顧客の原告に対する貸付金返還債務(不動産購入代金支払いのために借りた)について、予め連帯保証する旨の契約を締結し、補助参加人らは、原告のために都市開発の右連帯保証債務を被担保債権とする根抵当権を設定していた。

(二) 原告は、右根抵当権に基づき、補助参加人ら所有物件につき昭和五九年一〇月二六日東京地方裁判所に対し、及び補助参加人小郷建設所有物件につき同日千葉地方裁判所佐倉支部に対し、原告の都市開発に対する昭和五八年一〇月七日付け連帯保証契約に基づく債権を請求債権として不動産競売の申立をなし、東京地方裁判所は昭和五九年一〇月二九日に、千葉地方裁判所佐倉支部は同月三〇日に、それぞれ不動産競売開始決定をした。

(三)(1)  右不動産競売開始決定正本は、同年一一月一四日(東京地方裁判所分)及び同年一二月二八日(千葉地方裁判所佐倉支部分)、それぞれ都市開発に送達された。

(2)  原告は、昭和六三年五月一六日、千葉地方裁判所佐倉支部に配当金受領のため出頭し、さらにこれに先立って、執行裁判所に都市開発に対する債権計算書を提出し、執行裁判所は、右計算書に基づき配当表を作成し、債務者である都市開発に対し呼出状を送達した。

(3)  前記不動産競売事件は、現在各執行裁判所において係属中である。

(四) 不動産競売申立は、競売という裁判上の手続を通して請求債権について継続して権利行使をなしているのであり、いわば裁判上の請求の一種と考えられるのであるから、少なくとも競売手続中は継続して催告がなされているのと同じ効力が認められる。したがって、原告の都市開発に対する連帯保証債務履行請求権につき消滅時効は中断した。連帯保証人に対する催告は、主たる債務者に対してもその効力を有するから、本件債権についても時効中断の効力が発生している。

2  承認

被告大隅は、昭和六〇年一一月二六日、原告に電話をかけ、本件消費貸借は、都市開発に依頼され、同社に対する名義貸しで契約したものである旨述べ、本件債務を承認した。

3  裁判上の請求

原告は、被告大隅に対し、平成元年一〇月二五日、本訴を提起した。

六  再抗弁に対する認否

1  再抗弁1(催告)は争う。

2  再抗弁2(承認)は否認する。

第三証拠〈省略〉

理由

一  原告は、被告大隅に対し、昭和五九年六月二九日、金一七五〇万円を貸し付け、被告大隅は、昭和五九年八月七日の第一回の弁済期に元利金の弁済をしなかったから、同人は、同日の経過をもって期限の利益を喪失した旨主張して、元利金並びに遅延損害金を請求しているが、被告らは、本件貸付金が時効消滅した旨主張するので、請求原因事実の判断はしばらくおき、被告らの消滅時効の抗弁についてまず判断する。

二  原告の主張によれば、被告大隅に対する本件貸付金は、昭和五九年八月七日の経過をもって、原告主張の期限の利益喪失約款によって、その全額につき弁済期が到来したことになる。

そして、原告が、住宅ローン貸付を業とする株式会社であることは、当事者間に争いがなく、本件貸付金は、原告がその営業のために貸し付けたものとして、商行為により生じた債権となり、期間五年の消滅時効にかかることになる。

本件貸付金全額について弁済期が到来してから、五年間の消滅時効期間が経過したことは暦算上明らかであり、被告大隅が、本件第二回口頭弁論期日において右消滅時効を援用したことは当裁判所に顕著であるから、被告らの消滅時効の抗弁は理由がある。

三1  これに対して、原告は、再抗弁として、次の通り主張する。すなわち、都市開発は、本件貸付金を含めた原告の都市開発の顧客に対する貸付金について、包括して連帯保証をし、原告は、右連帯保証債権の担保として、補助参加人ら所有の不動産に根抵当権の設定を受けた。原告は、これに基づき不動産競売を申し立て、債権計算書を提出するなどしており、これらは催告と同様の効果があるから、時効中断事由がある。

2  ところで〈証拠〉によれば、昭和五八年一〇月七日、都市開発がその顧客の原告に対する債務を包括して連帯保証し、これを担保するための根抵当権が昭和五九年二月九日に設定されたこと、右根抵当権に基づく競売申立てに対し、東京地方裁判所は昭和五九年一〇月二九日、千葉地方裁判所佐倉支部は同月三〇日それぞれ、不動産競売開始決定をしたこと及び都市開発に対し右決定正本がそれぞれ同年一一月一四日と同年一二月二八日に送達されたことが認められる。

右事実によれば、原告の都市開発に対する連帯保証債権の消滅時効の進行は中断されたことになる(民法一五五条)。

3  しかしながら、「差押」は、「請求」と別個に規定された(民法一四七条)強力な時効中断事由であって、その事由とされる「請求」、「承認」、「差押」のうち、連帯保証人に対する消滅時効の中断が、主たる債務者に対しても時効中断として効力を生ずるのは、連帯保証人に対する「履行の請求」に限られ(民法四五八条、四三四条)、「差押」はこれに該当しない。

原告は、さらに、不動産競売申立は、競売という裁判上の手続を通して請求債権について継続して権利行使をなしているのであり、いわば裁判上の請求の一種と考えられるのであるから、少なくとも競売手続中は継続して催告がなされているのと同じ効力が認められるべきであると主張する。

たしかに、担保権実行の競売手続きにおいては、債務者に被担保債権が記載された競売開始決定が送達される(民事執行法一八八条、四五条二項)。また、債務者は、担保権の不存在、消滅等の実体上の事由を理由として異議を申し立てることができる(同法一八二条)ので、当該権利の確定が右手続き内でも予定されている。そして、一般的には、不動産競売の申立ては、債権者が自己の権利を主張し、競売によってその実現を求めるものではある。

しかし、相手方に対して直接履行を求める請求、催告と異なり、その主張は、あくまで裁判所に向けられている。債務者に競売開始決定が送達されたり、その他各種の通知がなされるとしても、それは裁判所が関係人に手続きに関与する機会を与え、不意打ちを防止するためであり、被担保債権の履行を求める債権者の意思が、裁判所を通じて債務者に伝達されたと考えるべきではない。民法一四七条が、請求と差押え等を分けて規定したのも、実体上の請求と執行手続きとを時効中断事由として分けて考えたからである。担保権実行の競売手続きの追行を、裁判上の催告と見ることはできない。

したがって、債権者が、連帯保証人の連帯保証債務の物上保証人に対し、担保権の実行としての競売手続を追行したとしても、これをもって主たる債務者に対する催告と同様の効果が生じるものと解することはできない。

よって、原告の補助参加人所有不動産に対する競売手続の追行によって主たる債務者である被告大隅に対する消滅時効の中断を認めることはできない。

4  原告は、執行裁判所に対して債権計算書を提出したことで、時効中断の効果が認められるべきであるとも主張するが、右の債権計算書の提出は、届出にかかる債権の確定を求めるものではなく、また、右の計算書は、配当要求と異なり債務者に送達あるいは通知されるものでもない。したがって、債務者に対して債権を主張してその確定を求め、または債務の履行を求める請求に該当すると解することはできず、これによって時効中断の効力が生じ、あるいは、催告と同様の効果が生ずるものということもできない。

5  原告は、被告大隅が原告会社に電話をかけ、名義を貸したと事情を説明したことをもって、債務承認の意思が認められるから、時効は中断したと主張するが、仮にそのように言ったとしても、被告大隅は、都市開発が一切迷惑をかけない、名前だけ貸してくれればいいというので名義人になったと事情を説明したものであり、自己に債務があることを認めたものとは解されず、むしろ、被告大隅において、自己が債務を負担していない旨の認識を表明したものと解されるのであって、原告の右主張は理由がない。

また、原告は本訴提起による時効の中断も主張するが、本訴提起(平成元年一〇月二五日)が消滅時効期間の経過後になされたことは明らかであるから、右主張自体失当である。

6  したがって、原告の再抗弁は、いずれも採用することができない。

四  以上のとおり、原告主張の本件貸付金は、時効により消滅したものというべきであるから、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求は理由がない。よって主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大澤巖 裁判官 土肥章大 裁判官 齊藤啓昭)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例